清算型遺贈と譲渡所得税

清算型遺贈の課税関係について公の見解は示されていません

以下、私がかつて税理士さんと相談しながら進めた事例をご紹介しますが、あくまで参考程度としてください。(正確性は保証しません。)

清算型遺贈と譲渡所得税

1.事例

Aさんは独身で子はおらず、兄弟(B・C)はいるものの疎遠です。死後、自分の財産は全て公益法人に寄付(遺贈)したいと考えています。

金銭以外の財産(不動産など)の寄付を受け付けてくれる団体は少ないので、財産を全て売却してお金に換え(「換価」といいます)、そこから諸費用(例えば、未払いの入院費など)を支払った残りを寄付(遺贈)することにしました。

このような遺贈を清算型遺贈といいます。

2.譲渡所得税

不動産や株式を売却して利益が出た場合、譲渡所得税がかかります。

不動産の場合、購入当時の売買契約書などが残っておらず取得費が不明であれば、売却金額の5%を取得費とします。(親から相続した土地などの場合、購入当時の資料が残っていることは稀でしょう。)

たった5%しか取得費として認められないというのは非常に厳しいルールで、売却金額のほとんどが「利益」となり譲渡所得税が課税されることになります。(厳密には仲介手数料などの譲渡費用も差し引きますし、特別控除の特例が使える場合もありますが、詳細は割愛します。)

なお、税率は20.315%です。(所有期間が5年以下の場合は39.63%)

3.みなし譲渡所得税

今回の事例のように法人に遺贈する場合は、「みなし譲渡所得税」が課税されます。

これは、相続開始時(Aの死亡時、つまりまだ売却が行われていない時点)の時価で法人に譲渡したものとみなし、課税されるというものです。譲渡先が公益法人であっても非課税にはならないものと思われます。(相続財産が直接事業供与されるわけではないので、租税特別措置法40条の適用外と考えられます。ただし、前述の通り公の見解があるわけではありません。)

みなし譲渡所得税は譲渡人である亡Aに課税されるものです(Aは死亡しているので相続人が義務を引き継いで納税することになります。)。一方で、受け取る側(法人側)では遺贈を受けた利益(受贈益)に対し通常は法人税が課税されますが、こちらは公益法人の場合は非課税となります。

4.譲渡所得税・みなし譲渡所得税は誰が払うのか

いずれも相続人が支払う義務を負います。

ここで、民法990条の「包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。」という規定が問題となります。

清算型遺贈を特定遺贈ではなく包括遺贈と捉えるのであれば、受遺者(今回の事例では公益法人)が支払う義務を負うと考えても良さそうです。

※特定遺贈、包括遺贈については『遺贈にも色々ある』参照。

今回の事例でいうと相続人(兄弟B・C)は1円も相続しないのに譲渡所得税(みなし譲渡所得税)を支払わされるのは不条理ですし、利益を受ける受遺者(公益法人)が支払うのが道理に思えます。

ただし、清算型遺贈が特定遺贈か包括遺贈かについて、明確な判例等はありませんし、事案によっても判断が分かれ得る問題かと思います。

特定遺贈であるならば、相続人(兄弟B・C)が相続開始時にみなし譲渡所得税を、換価時に譲渡所得税(相続開始時の時価と実際の売却価格との差益に係る譲渡所得税)を支払うこととなります。

包括遺贈であるならば、受遺者(公益法人)が相続開始時にみなし譲渡所得税を支払うこととなります。(換価時には譲渡所得税ではなく法人税がかかるが、公益法人の場合は非課税。上記3参照。)

5.譲渡所得税を支払うことによる不利益

換価金の中から譲渡所得税分の金額を差し引き、相続人へ渡すように遺言で定めておけばよいとの考えもあります。

確かにこれで納税資金の心配はなくなりますが、そもそも1円も相続しない相続人(兄弟B・C)からしてみれば、納税手続き(確定申告)の手間がかかるということ自体が不利益です。

さらに、譲渡所得があったものとされる結果として、翌年の住民税や国民健康保険料(75歳以上の方は後期高齢者医療保険料。なお給与所得者の健康保険料は譲渡所得の影響を受けません。)が高額となりますし、医療費の窓口負担割合が増える可能性もあります。(※)

このように、納税資金だけ確保しておけばよいという問題ではありません

※なお、みなし譲渡所得税については、被相続人(A)が法人(公益法人)に譲渡したものとみなして、Aに生じた納税義務を相続人(および包括受遺者)が承継するものであり、相続人(および包括受遺者)の所得ではないため、これらの問題は生じないと考えられます。

6.みなし譲渡所得税を公益法人に負担させるためには

やはり今回の事例では相続人ではなく受遺者にみなし譲渡所得税を負担させるのが道理であろうということで、遺言で「包括遺贈」であることを明記した上で、以下の文言も記載しました。

遺贈によるみなし譲渡所得(所得税法第59条)にかかる租税については、受遺者が負担するものとする。

この文言があれば、仮に清算型遺贈が包括遺贈ではなく特定遺贈とされたとしても、負担付遺贈として受遺者が納税義務を負うことになると判断しました。

なお、納税手続きの手間を嫌って受遺者が遺贈を放棄する可能性が考えられますが、この点については依頼者である遺言者Aさんに説明してご納得いただきました。(受遺者が遺贈を放棄した場合、財産は法定相続人である兄弟B・Cが相続することになります。)

7.もし相続人にも一定の財産を相続させるならば…

事例を少し変えて、兄弟B・Cにも100万円ずつ相続させ、残りを公益法人に遺贈する場合を考えてみます。換価金から諸費用を引いた額が2000万円だったとすると、B・Cが各100万円、公益法人が1800万円受け取ることになります。

これを包括遺贈と考えることができるかは微妙な所です。1:1:18の割合的包括遺贈と捉える余地もありそうな気がしますが…。

包括遺贈であれ特定遺贈であれ、負担付遺贈として利益を受ける割合に応じて譲渡所得税・みなし譲渡所得税を負担させたいならば、遺言に以下のような文言を記載すればよいかと思います。

遺産の換価による譲渡所得及び遺贈によるみなし譲渡所得(所得税法第59条)にかかる租税については、相続人及び受遺者がその相続分又は遺贈の割合に応じて負担するものとする。

これがベストかどうかはわかりません。譲渡所得税を法人も負担するのか?みなし譲渡所得税は法人への遺贈に対してかかるものなのに相続人も負担するのか?等の違和感もあるかもしれません。

ただ、課税関係が明確でない以上、譲渡所得税・みなし譲渡所得税をひっくるめて実際にかかった税額を、相続人・受遺者が利益に応じて分担する(財産を多く受け取る者が税金も多く払う)という考え方は公平感のあるものかと思います。

【補足】相続開始後の実際の納税申告手続きについて

この場合の具体的な申告手続きがどのようになるか、正直わかりません。

みなし譲渡所得税は亡Aの準確定申告としてAの死後4か月以内(厳密にはAの死を知った日の翌日から4か月以内)に申告・納税する必要があります。その時までに売却が完了していない場合、公益法人がいくら受け取るのかまだ確定していないことになります。(つまり、B・C・公益法人の負担割合が未定ということです。)

概算で負担割合を算出して納税し、後で譲渡所得税も含め納税額が確定したら差分を相続人・受遺者の間で清算するという方法でもよいかと思います。

ただし、後で清算するからといって、いったん特定の相続人が譲渡所得税を全額負担するようなやり方をすると翌年の住民税が高額になる等の不利益があるので注意が必要です。(上記5参照。)

何にせよ、税理士さんの協力は必須と言えそうです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました