不動産登記法改正により令和5年4月1日から可能となった新たな抵当権抹消手続き(※)につき、早速利用する機会がありました。
※『古い抵当権等の抹消手続きが簡略化されます』参照。
不動産登記法第70条の2の規定による抹消
1.事案
- 昭和5年に設定された抵当権の抹消
- 抵当権者は有限責任●●信用組合
2.登記申請情報
登記の目的 1番抵当権抹消
原因 不動産登記法第70条の2の規定による抹消(※1)
抹消すべき登記 昭和5年3月11日受付第1044号
権利者 ●●県●●市~
(申請人)山田 太郎
義務者 ●●県●●市~
●●農業会(※2)
添付情報 登記原因証明情報
代理権限証明情報
令和5年4月11日申請 ●●法務局●●支局
代理人 神奈川県藤沢市辻堂元町一丁目5番20号
司法書士 吉村 健
登録免許税 金1,000円
代理人の事務所あて登記完了証及び原本還付書面の送付を希望する。
不動産の表示
(省略)
※1 日付は不要。通達『民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて(令和5年4月1日施行関係)(令和5年3月28日付け法務省民二第538号通達)』参照。
※2 承継先の法人(下記『6.前提として承継による抵当権移転登記は不要か?』参照)。なお、清算人が全員死亡していたため、代表者の記載は不要。
3.登記原因証明情報
登記原因証明情報は以下の3つです。(前記通達参照。)
1.被担保債権の弁済期を証する情報
→ 金銭消費貸借契約証書、弁済猶予証書、債権の弁済期の記載がある不動産の閉鎖登記簿謄本等
2.共同して登記の抹消の申請をすべき法人の解散の日を証する情報
→ 共同して登記の抹消の申請をすべき法人の登記事項証明書等
3.改正不登法第70条第2項に規定する方法により調査を行ってもなお共同して登記の抹消の申請をすべき法人の清算人の所在が判明しないことを証する情報
→ 調査報告書(共同して登記の抹消の申請をすべき法人及びその清算人の調査の過程で収集した書類並びにこれらの者の所在調査に係る郵便記録等を添付したもの)
3-1.被担保債権の弁済期を証する情報
昭和39年4月1日の不動産登記法改正より前の登記簿には弁済期が記載されているので、これ(閉鎖登記簿謄本)を取り寄せました。
ちなみに閉鎖登記簿はかなり難読です。弁済期が昭和5年8月30日であることはまだわかりますが、特約を「仮差押え、仮処分若しくは強制執行を受けたときは期限の利益を失う」と読める人はほとんどいないのではないでしょうか。(「期限の利益を失う」とは即時弁済しないといけなくなる、つまり弁済期が繰り上がるということです。どちらにせよ30年は経っているので読めなくても問題ないと言えば問題ないのですが…。)
3-2.共同して登記の抹消の申請をすべき法人の解散の日を証する情報
法人の閉鎖登記簿謄本を取得しました。個人情報が含まれるため掲示はしませんが、こちらも難読です。
3-3.調査報告書
ご参考までに、本事案で実際に添付した調査報告書を掲示します。
一応、申請人には実印を押してもらいましたが、印鑑証明書の添付は不要でした。
前記通達には「調査報告書に実印を押して印鑑証明書を付けろ」という旨の記載は見当たらなかったので印鑑証明書を添付せずに申請したところ問題なく登記完了しました。なお、従前の供託を使う方法(『供託により古い抵当権等を抹消する方法』参照)では法人の所在不明を証する書面(調査書)に印鑑証明書の添付が求められるようです。
4.書留郵便その他配達等を試みることは不要か?
抵当権者の所在の調査方法は不動産登記規則第152条の2に定められており、登記事項・戸籍・住民票等の調査の他、法人の住所やその代表者の住所宛に書留郵便その他配達等を試みる方法も規定されています。
本事案では戸籍調査により清算人が全員死亡していることが判明しましたが、●●農業会の事務所や清算人の住所への郵便を試みる必要はないのでしょうか。
前記通達の中に以下のような記載があります。
『共同して登記の抹消の申請をすべき法人の清算人が死亡していることが判明した場合には、同ⅳ②の「当該代表者が所在すると思料される場所が判明した場合」には該当しないものとし、改正不登法第70条の2の「法人の清算人の所在が判明しない」場合に該当するものとする。』
後段の「改正不登法第70条の2の「法人の清算人の所在が判明しない」場合に該当するものとする。」に着目するのであれば、清算人の死亡が判明した場合、それ以上の調査は不要と考えてよさそうです。
結論から言うと、本事案では郵便による調査は不要でした。(上記「3-3.調査報告書」参照。)
しかし、前段の「同ⅳ②の「当該代表者が所在すると思料される場所が判明した場合」には該当しないものとし」という表現が妙に限定的なのは気にかかりました。
ⅳ①には「法人の登記簿上の代表者の住所に宛ててする当該代表者に対する書面の送付」についての記述があり、こちらは必要であると読めなくもありません。(ⅳ②は住民票等の調査により判明した住所宛への送付であるのに対し、ⅳ①は登記簿上の住所宛への送付である点が異なります。)
また、法人の住所(清算人の住所ではない)宛の書面の送付については言及されておらず、要否がはっきりしません。
今回は不要でしたが、もしかすると法務局によって判断が異なることもあるかもしれません。(通達の内容が曖昧とは困ったものです…)
5.古すぎる抵当権のほうがむしろ手続きが楽?
今回、抵当権者の承継法人である●●農業会の清算人が全員死亡していることが取り寄せた戸籍から判明し、無事手続きを進めることができました。
ですが、法人の閉鎖登記簿に記載されているのは清算人の住所と氏名です。本籍地は記載されていません。したがって、まずは住民票の除票や戸籍の附票を本籍地入りで取得して本籍地を調査する必要があります。
令和元年6月20日から住民票の除票や戸籍の附票の保存期間は150年となりましたが、それ以前の保存期間はわずか5年でした。つまり、平成26年6月19日以前に亡くなった方の住民票の除票や戸籍の附票は廃棄されている可能性が高く、本籍地を調査することができないことがあります。実際、本事案でも清算人7名中、住民票の除票や戸籍の附票が取得できたのは3名だけでした。
ではなぜ他の4名についても戸籍が取得できたのかというと、昔は本籍地と住所地が同じであることが多かったためです。つまり法人の閉鎖登記簿に記載された住所をそのまま「本籍地」に記載して戸籍請求したところ、幸いにも取得することができ、死亡の事実を確認することができたというわけです。
しかし現在は本籍地と住所地は一致しない人のほうが多いと思います。不動産登記法第70条の2の規定による抹消手続きは弁済期・解散から30年経過している場合に使えますが、本記事執筆時点の30年前であってもすでに平成の時代に入っています。
30年は経っているけどそこまで大昔ではない抵当権については、清算人の戸籍が取得できず、書留郵便その他配達等を試みる必要があり、手続きの手間が増えてしまうおそれがあります。
6.前提として承継による抵当権移転登記は不要か?
前述の通り、不動産登記簿に記載された抵当権者「有限責任●●信用組合」は、その後「●●農業会」に権利義務が承継されています。
抵当権抹消の前提として、承継による抵当権移転登記は不要なのでしょうか?
実は某書籍に必要との見解が記載されており、本事案でも抵当権移転登記を申請していました。しかし法務局の見解は「抹消の原因日付が不明である以上、抵当権が承継されたかどうかも不明であるため、抵当権移転登記は不要である。」ということで、取り下げることとなりました。
なお、返却されてきた登記申請書類には2次チェックまでがっつり入った跡があり、法務局側も初めての申請にザワついたのだろうなと推察します。もしかしたら法務局によって考えが異なることもあるかもしれません。
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